つくり話 再会⑧
前回の続きです。
「情報」の授業で使うパソコンには、学校内のネットワークにつながるパソコン同士でメッセージを送れるソフトが入っていた。ただ、授業では使い方の説明はしていない。教えると友達同士で遊ぶので授業にならないからだろう。きっと誰かがソフトを見つけたに違いない。
パソコン部屋と呼ばれている情報教室は放課後も解放されている。たいていパソコン部の連中がダラダラ過ごしているが、特定の時期になると、授業の課題が終わらない学生が青白い顔でパソコンに向かう事もある。そんな事情もあって、彼が部屋に入っても誰も気に留めることはなかった。
彼はペンを床に落として、拾いに行くフリをしながら教壇の脇にあるパソコンのキーボードをそっとずらした。管理者用のIDとパスワードが書かれたシールが貼ってある。たまに臨時で来るおじいちゃんの先生が念入りに確認しながら起動しているのを見ていたのだ。頭の中で繰り返し唱えながら後ろの方の席に座り、パソコンを起動させた。
いつもは学生番号を入れる起動画面で、さっき覚えたIDとパスワードを入れる。案の定入れた。手のひらに汗が滲んだ。
ネットワークを確認すると、普段なら入れないサーバーのフォルダも開くことが出来る。気になるデータは色々あるが、あまり痕跡を残すとバレる確率が高くなる。
教室のパソコンは外部のネットにはつながっていない。メッセージソフトはたいていどこかのサーバーを経由してから相手に届く仕組みだ。学校内のサーバーにメッセージのログが管理されている可能性が高いと考えていた。
それらしいファイルを見つけたので開いてみる。大量の文字がビッシリ出てきた。思った以上に使ってる奴がいるらしい。本文は暗号化されてないようだ。優香の学生番号で検索をかけると、特定の時間に集中してメッセージが送られている。
彼女に向けたメッセージはやはり健人とは同じでなかった。彼女には誰も答えを教えていない。
「え、まだ出来てないの?みんな終わったし」
「優等生ならこれくらい出来るでしょ?」
「あのパソコンオタクに教えてもらえば〜」
「健人よりキ○オタの方がお似合いじゃん」
恐らく課題が出るたびにこんなメッセージが飛んでくるのだろう。誰にも言えずに授業中彼女は耐えていたのだ。
やつらもこんなところに証拠が残ってるとは知らないのだろう。ただ、彼女が黙っているのに頼まれてもない部外者が証拠を学校に出すのも憚られる。どうしたものか。
ログを見ると、その日は他にメッセージを飛ばしている生徒はほとんどいないようだ。他の日には固まってログが残っている。最新のは今日だったから、来週の同じ曜日に同じことが起きるだろう。
メッセージソフトのプロトコルを試しに確認した。これなら自分でも何とかなりそうだ。とりあえず今日はここまでで帰ることにした。
シュガーのアカウントにも優香からは音沙汰がない。元気じゃないことが分かってて「元気?」と問いかけるのも酷な気がして、「時間あったらお話ししようね」とだけメッセージを送った。
そして6日後、彼はパソコン部屋に行き、また管理者IDでサーバーにアクセスした…
翌日。
健人が彼のクラスの扉を勢いよく開けて「おい!佐藤!」と大声で呼んだ。
彼は慌てて扉まで駆け寄ると「そんな大声出すなよ、俺何か悪いことでもしたか?」
と教室の外に健人を連れ出した。興奮している健人を廊下の端まで連れて行く。
「お前、知ってたんだろ⁉︎優香の事。何で黙ってたんだよ?」
「知ってた、って何をだよ?」
「アイツが情報の授業中にされてた事だよ、お前先週聞いてきただろ?」
「知らねぇよ、三木がこの前変だったときに声かけたら『情報』の授業受けてるか、って聞かれたから確認しただけだよ。」
「じゃあ何でアイツと一緒にいろって言ったんだよ。嫌がらせされてるの知ってたんだろ?」
この言葉で彼は我慢の限界を超えた。
「お前が原因だからだろ!?好きならちゃんと守れ、って言ったじゃねぇか!お前どこまでおめでたいんだよ、お前が好きならみんなが好きになると思ったら大間違いだぞ!」
初めて彼が怒鳴るのを聞いた健人は我に返り
「あぁ、悪かったよ。アイツらには優香に関わるなって言ったよ。これからは俺がちゃんと守る。付き合うとかはおいといて。
…お前も気にしてくれてたんだよな、ありがとう。」
と言うと教室に戻っていった。健人の後ろ姿を見ながら、これで解決したと彼は思った。もうシュガーの役割は終わりかもしれない。
だから1週間もしないうちに、優香が学校に来なくなって、何が起きたのか彼も健人も分からなかったのだ。