つくり話 ベランダの少女②
①の続きです
家に着いたら鞄からそっとスマホを取り出して眺める。親は仕事の時間だ、まだ帰っていない。
ー本当にあるんだろうかー
とりあえず、私が直接被害に遭ってるわけじゃないから、SNSに投稿するのは違う気がする。公園のトイレも公衆電話も、心当たりがない…とすると…これしかないか。
『わたしに話しかけてください』
スマホの表示が出たところで話しかける。
「ねぇ、『シュガーとソルトの部屋』について教えて、近所の子が友達になってって言ってるんだけど」
『すみません、わかりません』
やっぱりな。と思いつつダメ元で食い下がってみた。
「じゃあ他でもいいから、虐待されてる子の助けになる事ない?その子このままだと死んじゃうかも。周りの大人もあんまり頼りにならないし、私も何ができるのか分からないし…」
私AI相手に何言ってんだろ、と恥ずかしくなったところで画面の表示に気づいた。
『少しお待ちください、
別のアシスタントに代わります。
・・・アクセス中・・・』
これ、もしかして、いける?
少しすると、女の子の声が聞こえてきた。
『はじめまして、ハルカさんですね。お友達が困ってるって聞きました。今、お友達は一緒にいますか?』
きた!少し声が震える。
「ううん、今はいない。あなたがシュガーかソルトなの?」
『違います。シュガーとソルトの名前をどうして知っているのですか?』
「その虐待されてる子から聞いたの。学校で意地悪なお友達に言われたんだって。『スマホ持ってれば、シュガーとソルトがお友達になってくれるのにね、貧乏で残念ね〜』だってさ。ホント今時の小学生ってそんなこと言うのね。」
しばらく間があった。
『・・・そのお友達は虐待とイジメ両方受けてるのね。早く助けなくちゃ。その子は今どこ?』
急に口調が変わった。これがシュガー?
「アパートの隣に住んでる。今は部屋の中かな。多分もう少ししたらベランダに出されると思うけど…、ところであなたがシュガー?」
『うん、そう。他の人には秘密にしてね。いくつかその子について教えてくれる?本当は本人から聞かないといけないんだけど、とりあえず最低限必要なとこだけ。その子の性別と年と名前、少なくとも何てあなたが呼んでいるかを教えてくれる?』
「小学校1年生の女の子。誕生日は知らないから6歳か7歳ね。私はアイちゃんって呼んでる。苗字…は佐藤だったかな。隣表札も出してないし、正確な名前は分からないかも。」
『分かった。じゃあアイちゃんに会えたら聞いてみる。アイちゃんって読み書きどれくらいできるか知ってる?』
「筆談したことあるから、ひらがなとカタカナはできるかな。小1だから漢字は無理だと思うけど。」
『あと通ってる小学校は?A小で合ってる?』
「合ってる…けどなんでわかるの?」
『現在地の学区。家にいるでしょ?』
そうだった。スマホのAIだ、契約者住所まで分かってるんだ…ちょっと寒気がする。
『あと、ハルカさんが知ってる範囲で、アイちゃんが受けてる虐待について教えて。』
正直話すのも気が重い。
「うん…ネグレクトで、食事ほとんど貰えてないみたい。学校は行ってるみたいだから、給食は食べられてると思うけど。あと…母親の恋人から暴力を受けてる。ベランダに締め出されてる事も多いし、お風呂も入れてないかも。」
『ハルカさんはどうやってアイちゃんとコンタクト取ってるの?』
「ベランダに締め出されたときにこっそり話してる。このアパートのベランダ、部屋同士の間に仕切りがあるんだけど、仕切りの下が10センチ位空いてるんだ。そこから食べ物や飲み物を差し入れたり、音立てたくない時は筆談したりしてる。」
『そう。児童相談所や警察には誰か連絡したことある?』
「何度もあるけど、でもまだ助けてもらってないみたい。母親の恋人が怖いから、近所の人も表立って動かないし。学校ではどうなってるか分からない。」
『ありがとう。…アイちゃんはずっと前からネグレクトを受けてるの?』
「私が知ってる範囲では、今年の春くらいまでは、それほどひどくはなかったよ。母親がずっと働いているから、食事はどうなのかなとは思ってたけど。時々近所のおばあちゃんが家に上げておやつ食べさせたりしてたみたい。ウチのお母さんも私の小さい時の服をあげたりしてたし。多分恋人が家に来るようになってからじゃないのかな…」
その時、部屋の外で物音がした。隣の家のドアが閉まったのだろう。男の怒鳴り声が聞こえる。
「ほら、アイツが恋人。怒鳴ってる声、聞こえる?」
『ごめんなさい、上手く聞き取れない。怒鳴ってる声…もう少し近くで聞かせて。』
私は黙ってスマホを壁ギリギリまで近づけた。隣の部屋からは怒鳴り声や何かがぶつかる音が聞こえる。早くこの時間が終わって欲しいと毎回願う。しばらくして静かになった。スマホを戻して話しかける。
「聞こえた?多分今アイツから暴力受けたんだと思う。いつもだとこの後ベランダに締め出されるんじゃないかな。」
『・・・聞かせてくれてありがとう。ねぇ、アイちゃんは毎日学校行けてるんだよね?その時に保護したり逃げたりは出来ないのかな?』
「うん。多分アイツが寝てる間に母親が窓開けるみたいで、その間に部屋に入って学校に行ってるらしいよ。一度学校帰りに近所のおばあちゃんが匿ってあげようとしたけど、アイツが怒鳴り込んで連れ戻したみたい。それ以来、誰かが助けようとしてもあの子が自分から戻っちゃうの。」
本当にいたたまれない。
予想通り、ベランダの窓が開いた。アイツが大声で怒鳴っている、酔っているのか何て怒鳴ってるのかは聞き取れない。そのあとすぐ窓を閉め、ロックする音が聞こえた。
「多分今ベランダ出た。少し様子見てから私も出る。あと事前に確認したいことは?」
『ベランダに出たら話せる?それともチャットの方がいい?』
「うーん、状況によるかな。今はまだ外が明るいからスマホの画面も目立たないし、音出さない方がいいかも。」
『分かった。じゃあこれからはチャットで』
そういうとチャット画面が出てきた。
[アイちゃんにこのスマホ渡して]-
-(了解、もう少ししたら私もベランダに出るから、ちょっと待ってて)
つづきます。